記憶

2002.09.24
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「 この瞳がシャッターだったら。 」時々そんなことを願うことがある。女子高生のパンチラが見えたときや巨乳ちゃんのブラチラが見えたときはもちろんそうだけど、帰宅途中に眼前に広がる夕焼けに遭遇したときや、小さな子供が飼い犬とじゃれあってる様を見ていると、いまここにカメラがあったらなぁと思う。

ひとの記憶はとても曖昧で、時が経つにつれて美化されたり劣化したり欠けたりする。不思議と、嫌な思い出や光景はいつまでも脳裏に残るのに、楽しかったことや感動した場面が徐々に薄れていく。それがかなしい。
だから写真を撮ったり、紙やこうした場に書くことでいまを残しておく。どれもこれも大切なもの。

記憶は脳に残る。普通はそうだ。でもそうともいえない事例も数々ある。人体って奥が深い。
心臓移植をうけたら、提供者の生活や関係者が夢にでてきたという話。角膜移植をうけたら、それまでとは人に対する見方が全く違ってきたという話。他にも色んな話がある。

どこに記憶が残っていくにせよ、この目で見てこの耳で聞きこの鼻で嗅ぎこの口で味わいこの手で触れたものはすべて、この体のいずこにかは蓄積されていく。それは外からは見えない貴重な財産。
そんな体内財産を増やして豊かになるために、ボクやボクらは生きてゆくんだと思う。

センチメンタムジャーキーな秋の夕暮れより

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