先日、携帯電話を失くしてしまったのですが、携帯を失くしたときって、こう思いませんか?
「 カッコイイ男のひとが拾ってくれないかなぁ。 」
「 カワイイ女のひとが拾ってくれないかなぁ。 」
どうでしょう。思ったことはないでしょうか。
インターネットがこれだけ普及しているのは、たくさんのひとが出会いを求めているからだと思う。
それはけして男女関係に限ったことではなく、友だちや話し相手を欲しているから。
学生のころであれば、隣のクラス、駅が同じ学校、部活で知り合う他校など、出会いの機会はそこそこある。
しかし社会に出てしまえば、よほどアクティブな職業でないかぎり、出会いの場は社内に限られてしまう。あとは、学生時代の知人の繋がりや、合コンでもしないかぎり出会いのチャンスは数えるほどしかない。
これから先、果たして新しい出会いはどれくらいあるだろう。10人?20人?
だからボクは、『 ナンパ 』というものはアリだと思う。
セックス目的のナンパはおいといて(それはそれで構わないと思うが)、素敵な人物に巡り会ったときに、知り合いになりたくて声をかけるのは悪いことではない。
偶然の出会いって、得てして稀だからだ。
そこで提案というか、全国的に浸透して欲しいと思うのは、『 同性ナンパ 』である。
たとえば仮に、ボクがいま街で見かけた男性に声を掛け、多少話したあとに電話番号でも訊いたとする。そのとき相手はどう思うだろう。「 なんだこいつ。ホモか?ゲイか? 」と、まったく思われないと言い切れるだろうか。
同じようなビデオを借りているひとを見かけ、映画の話題がしたくて声を掛ける。
家電ショップのカメラコーナーで色々な部材を買っているひとに、写真についての知識を聞かせて欲しくて声を掛ける。
ゲームセンターのカーレースですごく上手なひとを発見して「相手してくれませんか?」とお願いしてみる。
『 ナンパ 』という言葉の意味と範囲をもっと広くして、そして、シャイな民族と言われる日本人の性格が少しでも変わることができたら、もっともっと出会いは増えていくのではないだろうか。
たくさんの友だちがいてこそ、ほんとに大切な友だちは誰かということが見えるようになるはずだから。
携帯を失くしたときに、誰かに連絡したくても誰の電話番号も覚えていないことに気づいた。
そのあと無事に見つかったのだが、今回のときのようなときことを考えて、何人かの電話番号を控えておこうと思いアドレス帳を探していたら、かなり昔のボロボロのアドレス帳が出てきた。
なかには、ボクの字ではなく、明らかに本人の字で書かれているものがあって、すごくそのひとを身近に感じた。
結局ひとは、デジタルよりアナログに行き着くのかもしれない。