顔色の悪い空。午後から降り出した雨。
部屋のなかから外をみていると、車へ辿りつくまでの間に濡れてしまうことが否応なく想像できる。それは好ましくはない事実。
傘を差さずにしばらく歩いて、気にしてもしょうがないくらいに濡れてしまえば、雨に打たれるのも悪くはないと、そう思えることがあるのも知っている。
オトナになってしまうということ。
靴が泥まみれになるのを気にすること。
出掛けにセットした髪型が崩れるのを嫌がること。
体が冷えて風邪をひくのではないかと考えること。
それを見る他人の目を気にすること。
「今」を楽しむことにかけては、到底子供には敵わない。
ただ楽しいから雨に濡れ、わざと水溜りに入り、傘を逆に広げ水をためて喜ぶ。
オトナになってはできないこと。オトナになってはできないと思い込んでいること。
楽しさや、楽しみ方は、ほんとはそこらじゅうに転がっているのだけれど、ただそれに対して「オトナ」という立入禁止の看板を突き立てているのかもしれない。
たった一枚の板切れを。
たとえばいま、胸ポケットやバックのなかにあるであろう携帯電話を取り出して、1 1 0 と押してみる。
知っているだけでかけたことがない、あのひとの番号でもいいだろう。
そしてそのときのドキドキが、ここ最近で何回ぐらいあったか思い出してみてほしい。
さみしいくらい、少なくはないですか。
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