近くの集落に住む老人が行方不明になって、捜索協力の要請がきた。
70歳を過ぎたおばあちゃん。一人暮らしをしていた。
消息が途絶えてから、三日が経つ。
集まった警察官と消防団員の前で、息子さんが涙ながらに懇願していた。
同情しながらも「なんでそんなお年寄りに、一人暮らしをさせていたの?いっしょに住まない理由でもあったの?」という気持ちもわいてきていた。
それぞれの家庭にはそれぞれの事情があるわけだから、他人がとやかく言うことではないのかもしれない。でも、自分が歳をとってから、家にひとりで家族と離れ住むのは、とてもさみしいことだろうと思った。
「若さ」がいつまでも続くことではないのは、誰でも知っている。
そしてそこで選択をするのだ。
いまある若さを、とにかく存分に楽しむこと。
若さの先にある老いを、考えながら生きること。
そのどちらかを。
良否の判断はともかく、どちらかと問われれば、わたしは明らかに前者のほうだ。
人生のパートナーにするにはかなり不適。キリギリスみたいな生き方。
計画性がなく夢見がち。(ロマンティストといえば聞こえはいいが)
考えれば考えるほど、独身ヤモメのエリートコースを、順調に歩いているような気がしてくる。どっかで逸れないと。
結局おばあちゃんは、警察犬やヘリコプターまで出動して捜索したが、見つけ出すことはできなかった。たぶん休日も、捜索を続けることになるだろう。
一度も会ったことはない他人ではあるが、なんとか無事に見つかって欲しい、と、仏壇上の祖母の顔を見るとそう思う。
充分に生きたかどうかを決めるのは、年齢ではなく魂の貯蓄度だから。
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