闘病生活を送っていた叔父が、昨日亡くなった。まだ50にもなっていなかった。
やはりうちの家系は癌家系らしく、叔父も癌だった。
抗癌剤の副作用ですっかり髪のなくなった叔父の顔は、元気だったころと比べると別人のように見えた。
遺影にする写真を選ぶのに、叔父が使っていたノートパソコンに保存してある写真を見ようということになった。
叔父の長男といっしょに、大量の写真を見ながら、写りのいい写真を探す。
旅先での写真、職場での写真、長男のバスケの試合、それらのなかには確かに生きている叔父の姿があり、思わず涙が出そうになる。
そんななか、やっぱり叔父も男で、女性の裸の写真ばかりのフォルダを見つけた。
「すいません、それ削除してください」と、長男。
なにしてんだか、バカなんだから、と言いながら泣き笑いの顔。
それだけで、父と子の愛情を感じた。
死の瀬戸際に触れたり、死そのものを感じると、生に対しての尊さだとか執着心だとかを強く思う。
本当は、常にそれを思っていなければいけないのだが、人はみな鈍感だから、何気なく生きているとそういった気持ちが薄れがちになる。
そして、簡単に命を奪ったり傷つけたりする。
テレビで流れるニュース。どこかの国でテロが起きて何人死んだとか、雪崩が起きて誰と誰が行方不明だとか。正直そんなことにはあんまり関心を持てなくて、チャンネルを回してすぐに別のことを考える。
ほんとに身近で起きた死や不幸にしか、感情移入できない自分がいる。
それが普通なんだ、と言ってしまえばそれまでだけど。
今回の叔父の死で、ひとつ学んだことがある。
それは、パソコンに色んな情報を溜め込んでおくと、自分がこの世を去ったあとにそれを誰かに見られるかもしれないということ。
自分への評判に関するもの。たとえば、エッチな写真とか詩集とかこのサイトとか。そんなのはもう、死んでしまったら関係ないしあまり重要ではないかもしれない。
でも、モデルさんたちの写真や、みんなからもらったメールなど、そういった、他人にまで影響がありそうなものは、誰にも見られないようにしておく必要があると思った。
お盆休みぐらいに、パソコン内の整理と対策でもしよう。
ログインパスワードを間違ったら、アイーン顔が現れるとか。
そんなのみんな、笑ってくれるかな。
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