目に見えた幸せ

| コメント(2) | トラックバック(0)

週末、田舎に帰って、後輩の結婚式に参列させてもらった。
人里を少し離れた山路の先、雪の積もるなか、式場はとても温かかった。
終始カメラマンに徹していたのですが、とても良い式と宴の空気を、肌で感じることができたように思う。

 

ひとつ年下になる後輩の新婦から、いいひとができたってことは以前から聞いてはいた。
でもその相手(新郎)に会うのは、今回がはじめてだった。

実は新婦は初婚ではなく、子供もいて、まあ色々なこともあってちょっぴり人選に不安もあったのですが、新郎に会って、少し話をして、そんな不安は全部吹き飛んでしまった。それくらい、素敵なひとだった。
うん、これは当たりだ。(笑)

 

披露宴は身内の参列者が主で、友人はごく少数。
新郎側に知り合いがいないのはもちろんのこと、新婦側にも、高校時代の後輩がひとりいるだけ。まったくのアウェー状態。
それなのに、居心地の悪さはまったくなかった。むしろ、披露宴の時間が短く感じたほど。これは珍しい。

『類は友を呼ぶ』という言葉の通り、新郎新婦のおっとりとした柔らかな雰囲気が、似たような交遊関係を築いたのだと思う。
親族しかり、友人しかり、先輩や上司しかり。みんなが誰もを羨んでなくて、見守っていて、それがとてもフカフカとする雰囲気をつくりあげていた。そこにいると、ひなたぼっこをするネコの気分になれた。ような気がした。

 

披露宴が終わると、式場出口近くで、新郎新婦と両親が参列者を見送ってくれた。
終始忙しかった新婦と、ここにきてやっと短い会話ができる。
「よかったな。もう、だいじょうぶだな」そう声をかけると、新婦が目を潤ませはじめた。これはやばい、と別れを告げてその場をあとにする。
歩きながら深呼吸をして、目頭を拭う。やばいのはわたしのほうだ。

数年前、まだ地元にいたころ、彼女(新婦)がひとりで家に来た時のことを思い出す。

居間でプリンを食べながら、最近の話、食べ物の話、よくわからない話をして、ついでのように離婚を決めたことを告白された。
話したことでほっとしたのか、言葉にしたことで実感したのか、彼女はそのあとしばらく泣いた。それまでの道のりは彼女にしかわからないことだから、わからないわたしはただずっとそこにいただけだった。

ひとしきり泣くと、彼女は笑って、プリンを平らげると帰っていった。
車を見送りながら、いつの間にか夜になっていたことに気付いて居間の電気を点け、そういえばはじめて涙を見たな、ってあとから思った。

同じ涙でも、この日彼女が流した涙は、見るひとを微笑ませるもの。
もしいつかまた涙を見ることがあったとしても、それはこの日流したものと同じ類のものであって欲しいと願う。

 

披露宴のいちばんの見所は、会場のスクリーンに流れた新郎新婦の紹介ムービーでした。
新婦が制作したもので、幼いころからの写真が、テロップとともに次々と映し出された。
そこには、ふたりだけではなく、ふたりを取り巻くたくさんのひとたち、そして新婦の子供の姿もあった。

子供はすでに、新郎のことを「お父さん」と呼んでいた。
でもそれが全然違和感がなくて、スクリーンに映る3人並んだ写真を見ていると、「え?もうずっと前から家族ですけど何か?」そう言われているような気がした。いま思い浮かべてもジンとくる。

 

照れくさくて、実はまともにちゃんと言ってなかった。

結婚おめでとう。

幸せを祈ってます。心より。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://never-brand.com/mt/mt-tb.cgi/1886

コメント(2)

先日は式にご出席頂きましてありがとうございました。
夫婦で読んで泣きました。
こちらこそ、ありがとう。
幸せになります。

コメントする