2010年9月アーカイブ

はじめて行ってきました。八景島シーパラダイス。
ちょうど気温の下がりはじめの日だったので、めっさ寒かった!

正直なところ、水族館とかショーなどは、ほかにいいとこあるかなぁっていうぐらいの評価・・・。
で・も・!ふれあいラグーンという施設では、間近でイルカなどを見たりすることができ、新鮮で楽しかったです。
イルカにエサをあげたり、オタリアに触れたり、ちっさいサメに触ったりできます。
ウミウシとかはちょっとアレがアレだったですけど。。

 

笑うシロイルカ

 

どうやら、事前予約すればイルカに乗れるらしい!
次回はもっと暖かい日に行って、イルカにライドオンしてみたいっす。
そして海へとランナウェイ。オー、イエイ。

家のすぐ近くで、中学生らしき男子が6人、固まりながら歩いていた。
泥にまみれた野球のユニフォーム。きっと、部活の帰りなのだろう。
目に付いたのは、そのなかで、先頭を歩くひとりの少年。
少年は、全員分の鞄を肩から提げ、やっとのこと歩いている感じだった。

まさか、、いじめ? 
一瞬そう思ったのだが、様子をみているとそうではない。ジャンケンで負けた者がみんなの鞄を持つという、だれもが小さいころ仲間といっしょにやっていた、あの遊びである。

道路脇の電柱の前で、少年が、任を終えたように鞄を道路に投げ出す。
「よし、じゃあ次はあそこの電柱までな」
グループのリーダーらしき少年が、20メートルほど先の電柱を指差し、ジャンケンの構えをとる。
「えー、おれまた負けるよ。もうやりたくないよ」
いまさっきまで鞄を下げていた少年が、心底いやそうな声をあげる。
「いいからやろうぜ」
周りからのけしかける声。
「いーよ、おれやんねーよ、自分の自分で持つから」
少年は、投げ出した鞄のなかからひとつ掴んでその場を離れようとするが、リーダーの少年は構わず掛け声をはじめる。
「だっさなっきゃ負けよ、ジャンケン、ポン!」

そこでわたしは道の角を曲がり、勝敗の行方は、そのあと聞こえてきた絶叫の断片で想像するしかなかった。
あの「出さなきゃ負けよ...」の掛け声。出さないと負けなわけだから、出すしかない。出すということは参加するということだ。子供ながら、なんとも逃げ場のない、巧妙な手法だと思う。

 

来月、わたしは36歳になる。
中学生活など、20数年以上も前の、ぼんやりした物語。
毎年、誕生日を迎えるたびに、懐古の情が沸いてくる。
別に、歳を重ねることはいやではない。
ただ、未来が減ることに焦るだけだ。あとどれくらいなんだろうって。

思い切り吸った空気
鼻から喉
よくわからない仕組みで食道じゃなく気管に
またよくわからない仕組みで酸素が取り出されて
体の中をビュンビュン巡る
そしてまた息を吸う

へんな時間にテレビをつけると
昔よくみたひとが映ってたりして
「ああまだがんばってるんだな」なんて思って
「わたしもがんばらなくちゃ」なんて奮起する
別になんの関係もないのだけれど

わたしたちは遠くて、ほのかで
全然特別でもなく、普通で、もしかしたらそれ以下で
けれどどこかに繋がりがあって
いつもそれを疎み、守り、拘り、憎んでる
どちらがいま幸せなのかって

 

世界はひとつなのにこんなにも散り散りで
重なりようもなくてため息が出る
誰がすれ違うの?
誰が明日を過ごしてくれるの?

どこかの現実にいるあなたを想い
少しでもその気配を感じると
わたしは思い切り息を吸って
酸素と甘酸っぱい煩悩を体に取り込む

あなたの幸せも不幸せも知りたくないけれど
ただ、生きていることを願い
もう、会わないことを願う