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週末、田舎に帰って、後輩の結婚式に参列させてもらった。
人里を少し離れた山路の先、雪の積もるなか、式場はとても温かかった。
終始カメラマンに徹していたのですが、とても良い式と宴の空気を、肌で感じることができたように思う。

 

ひとつ年下になる後輩の新婦から、いいひとができたってことは以前から聞いてはいた。
でもその相手(新郎)に会うのは、今回がはじめてだった。

実は新婦は初婚ではなく、子供もいて、まあ色々なこともあってちょっぴり人選に不安もあったのですが、新郎に会って、少し話をして、そんな不安は全部吹き飛んでしまった。それくらい、素敵なひとだった。
うん、これは当たりだ。(笑)

 

披露宴は身内の参列者が主で、友人はごく少数。
新郎側に知り合いがいないのはもちろんのこと、新婦側にも、高校時代の後輩がひとりいるだけ。まったくのアウェー状態。
それなのに、居心地の悪さはまったくなかった。むしろ、披露宴の時間が短く感じたほど。これは珍しい。

『類は友を呼ぶ』という言葉の通り、新郎新婦のおっとりとした柔らかな雰囲気が、似たような交遊関係を築いたのだと思う。
親族しかり、友人しかり、先輩や上司しかり。みんなが誰もを羨んでなくて、見守っていて、それがとてもフカフカとする雰囲気をつくりあげていた。そこにいると、ひなたぼっこをするネコの気分になれた。ような気がした。

 

披露宴が終わると、式場出口近くで、新郎新婦と両親が参列者を見送ってくれた。
終始忙しかった新婦と、ここにきてやっと短い会話ができる。
「よかったな。もう、だいじょうぶだな」そう声をかけると、新婦が目を潤ませはじめた。これはやばい、と別れを告げてその場をあとにする。
歩きながら深呼吸をして、目頭を拭う。やばいのはわたしのほうだ。

数年前、まだ地元にいたころ、彼女(新婦)がひとりで家に来た時のことを思い出す。

居間でプリンを食べながら、最近の話、食べ物の話、よくわからない話をして、ついでのように離婚を決めたことを告白された。
話したことでほっとしたのか、言葉にしたことで実感したのか、彼女はそのあとしばらく泣いた。それまでの道のりは彼女にしかわからないことだから、わからないわたしはただずっとそこにいただけだった。

ひとしきり泣くと、彼女は笑って、プリンを平らげると帰っていった。
車を見送りながら、いつの間にか夜になっていたことに気付いて居間の電気を点け、そういえばはじめて涙を見たな、ってあとから思った。

同じ涙でも、この日彼女が流した涙は、見るひとを微笑ませるもの。
もしいつかまた涙を見ることがあったとしても、それはこの日流したものと同じ類のものであって欲しいと願う。

 

披露宴のいちばんの見所は、会場のスクリーンに流れた新郎新婦の紹介ムービーでした。
新婦が制作したもので、幼いころからの写真が、テロップとともに次々と映し出された。
そこには、ふたりだけではなく、ふたりを取り巻くたくさんのひとたち、そして新婦の子供の姿もあった。

子供はすでに、新郎のことを「お父さん」と呼んでいた。
でもそれが全然違和感がなくて、スクリーンに映る3人並んだ写真を見ていると、「え?もうずっと前から家族ですけど何か?」そう言われているような気がした。いま思い浮かべてもジンとくる。

 

照れくさくて、実はまともにちゃんと言ってなかった。

結婚おめでとう。

幸せを祈ってます。心より。

仙台に支店を出すことになった。
そこでいま、仙台で求人募集をしている。

予定人員は3名。ディレクター1名のデザイナー2名。
デザイナーは派遣社員、ディレクターは正社員とする予定なので、ディレクターには必然的に管理者としての要素も必要となる。
もし仮に、適材なディレクターの応募がなかった場合、または、ディレクターとして雇用したものの、管理者としては不向きであった場合、こちら(本社)から誰かが仙台へ転勤することになる。
その対象として白羽の矢が立っているのが、オレなのだ。

本社には十余名の社員がいるが、うまく派遣社員を管理できそうな人材は、いないに等しい。
一人いることはいるのだが、転勤なんて言語道断という人種なので、そうするとやっぱり自分しかいないことになる。
先日社長に「仙台に転勤になってもいい?」と訊かれ、「別にかまいません」と返事をした。
仙台に行きたいわけではないし、できるなら東京で働きたいが、会社のことを考えると他に選択肢はないと思ったからだ。

東京に来て、まだ1年も経っていない。
それでも、色んな人と出会えて、たくさん繋がりが出来て、だんだんと暮らしにも馴染んできたように思う。
それがまた振り出しに戻ってしまうのかと思うと、もちろん寂しいし、切ない。
何よりも、妹とそう頻繁には会えなくなってしまうのが、いちばん辛い。

東京か、仙台か。
年内には行く末が決まる。
珍しく、最近夜が長い。

写真は早朝の新宿アルタ前。人影がない。こんなときでさえ、いまここで撮影できたら楽しいのに、なんて思う。

こっちへ来て初の朝帰り。
始発近くの列車で座るひとたちは、みな一様に眠りこけている。他人に囲まれたなかで、なぜこんなにも無防備でいられるのか不思議だ。
安全であるということは、緊張感がないということなのか。

家に着くまでのすべての色が白ずんでいた。
この数ヶ月間で知った気になっていたのは、どれほどのものだったのだろう。あの通りも、あそこのお店や書店も、そして関わってきた人たちも。

わたしは独りになるのが好きだ。
でも独りになってしまうのは怖い。だれだってそうでしょう?
たくさんの誰かの大切な人たちが消えていく。街の明かりのように。
けれどもう灯ることはないのだ。

手紙の整理をした。
大量に溜まった年賀状を、捨てさせてもらうことにした。
残しておきたいもの、捨てるものに分類していくと、捨てるもののほとんどが、最近の年賀状ばかりになってしまった。

十代後半や二十代前半のころのものは、そのほとんどが手書きで、今読んでもほっと和むようなたくさんのメッセージが綴られていた。よくわからないイラストや、お手製の消しゴム印など、見ていて思わずにやけてしまう。

それが、パソコンが普及し始めると、ほとんどがプリントしたものばかりになった。表書きも印字したものになり、書いた人の字が一字もないこともある。
近年は友だちのほとんどが結婚したこともあり、送られてくるのは子供の写真をプリントしたものばかりだ。正直言ってげんなりする。知りたいのは子供の状況ではなくて、友だちそのものなのに。

引越しが終われば、みんなに新しい住所を連絡するつもり。
はじめはメールでとも思ったけれど、やっぱり葉書で知らせようと思う。
所々プリントはするだろうが、そこに手書きのメッセージを添えるのだ。うまくはないけれど、気持ちをこめた文字で、元気でいるよと伝えたい。

ひさしぶりの面接。緊張しないで落ち着いていこう!と思っていたら、面接官の女性のほうが緊張していて、書類を持つ手がぷるぷる震えてた… こっちまで緊張したじゃないか!(笑)

受けたのは3社。
1社目は仕事内容が希望のものではなく、3社目はレベルが高すぎて体力的に参りそうだった。2社目が一番印象が良かったので、採用通知がきたら入社させてもらいたいと思う。
駄目だったら、週末に2社ほど面接する予定。

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Tという友人がいる。
幼稚園から中学校までいっしょだったが、その後私が家を離れてからまったく交流がなくなり、帰郷してからまた付き合うようになった男友だちだ。

面接を終えて帰宅した夜、ちょっとした用事があってTが家に来た。
そのとき、ちょうど、会社に提出しようと書いていた退職願がテーブルの上に置いてあり、Tに見つかってしまった。
以前から会社を辞めるかもしれないという話はしていたが、Tは冗談だと思っていたらしく、退職願を見て「えー!マジかよ!」とかなり驚いていた。
そして「頼む、行かないでくれ」と恋人のように(笑)引き止めはじめ、さらにSとHに電話をかけ、「重大な話がある」と呼び出した。

SとHも、事情を話すとひどく寂しがってくれて、心から、ありがたいと思った。
とくに、酔っぱらったTは「さみしい。ほんとさみしんだ」と泣きはじめ、わたしはどうしていいかわからず、恥ずかしいやら嬉しいやらで苦笑いするだけだった。
友だちっていいものだと、しみじみ感じた。

住む場所が遠くなると、どうしても疎遠になってしまうもの。
まだ勤め先も住む場所も決まっていないけれど、都内などに住むことになったら、きっと交流も薄れていくだろう。
それでも、こうして心から思いやれる友だちがいたということは、きっとずっと忘れないと思う。忘れないでいたい。

泣き止んだTに「年内じゅうに見つからなかったら、転職するのは諦める」と言ったら、「それがいい!そうすっぺ!」と元気になり、そのあとすやすやと寝てしまった(笑)

その寝顔を携帯で撮って、大事に保存フォルダにしまった。
きっとこの写真を消すことは、生涯ないだろう。

いまの生活は、とても安定していると思う。

たくさんの友だちと、気さくな同僚。田舎町だけれど、それほど不便でもなく、自然に囲まれた住みよい我が家。
ほどほどの仕事と、ほどほどの給金。平日の夜には麻雀やビリヤードをして、週末にはアミューズメントパークで子供みたいにみんなではしゃぐ。
休日にはゴルフをしたり、ひとりのときは写真を撮って、おいしいケーキショップへと車を走らせる。ストレスなんてこれっぽちも感じない暮らし。

そんな暮らしを捨てようとしている。そう決意してしまった。

週末、別の職場を探して面接に行ってきます。
いまの会社は、来月いっぱいで辞めるつもり。
だいぶ時間がかかってしまったけれど、やりたいことをやろうと思う。それが結果的に良くても悪くても、いまのままじゃきっと後悔するから。

不安と、好奇心と、懼れと、期待と。
きっとそんなものを抱えながら、新社会人みたいにドアを開けるんだろう。

親友くんが結婚することになった。

入籍はもう済ませたそうなので、正しくは”結婚した”だ。
電話で伝えられたとき、嬉しくもあり、ちょっとさみしくもあった。彼女の恋愛模様は、ずっとずっと見守ってきましたから。

連日のように、夜遅くまで仕事で駆け回っていた彼女がいまは、家事をしながらのんびりテレビを見たり本を読んだりという、とてもゆるやかな日々を過ごしています。
その様子を話す声は穏やかで、温かくて、これまでがいかに苦難が多かったかを物語っています。
もちろんこれから先にも難所はあるでしょうけれど、彼女ならきっと乗り越えていけると信じています。

お腹にはもう赤ちゃんがいて、来年の春過ぎぐらいには生まれる予定とのこと。
実は子供があまり好きではない彼女が、いったいどんな母親になっていくのか、想像するだけで楽しくてしかたない。

披露宴は、親族だけの内輪で行うそうですが、わたしともうひとりの友人には出席してほしいと言われました。
当日までの間に、状況が変わって、やっぱり親族だけの披露宴になるかもしれません。
それでもいまこうして、そう言ってくれたことを非常にありがたいと思う。

式は来年。冷たい冬の最中。
きっと快晴になるよう、ふたりを祝いたい。

もう、10年以上前になるだろうか。社会人になりたてのわたしは、何か趣味を持とうと、以前から興味のあった写真に目をつけた。
当時、デジタルカメラはあまり普及しておらず、選択肢のなかには銀塩しかはいってなかった。
あれこれ悩んだ末、お金を貯めてカメラを手にした瞬間の喜びは、いまだに覚えている。

その後、デジタルカメラが普及しはじめ、どんな感じなのだろうと思って買って使ってみたら、すっかりその便利さに馴染んでしまった。
以後、3台目、4台目と、やはりデジタルカメラを買い続けている。

数日前、探し物をしているときに、銀塩で撮った昔の写真が出てきた。リバーサルフィルムを使っていたので、ルーペで鑑賞することができる。
ちょっとだけ、と思いつつ、しばらく写真を眺めていた。何の変哲もない風景写真を。
懐かしさとともに、得も言えぬ不思議な衝動が湧き上がってくる。
もしかして、すっかり使わなくなったカメラが、また日の目を見せてくれって、メッセージを送ったのかしら?なんて考えてみたり。

ここ数年、ずっとポートレイトしか撮ってこなかったが、また風景写真でも撮ってみようかと思う。
いつかまた、懐かしさを味わうために。

遠い親戚にあたるおばあちゃんが亡くなった。
風邪で寝込んで、そのまま布団からでることはなかった。
92歳だった。

納棺の儀式の最中に、隣に親子が座っていた。
そして、4歳か5歳ぐらいの女の子が、お母さんにこんな質問をしていた。

「ねぇ、おかあさん。おばあちゃんは、これからどうやってお星さまになるの?」

お母さんは、黙って子供の頭を撫でるばかりだった。
わたしはなぜだか切ない気持ちになって、ただ俯いていた。


形あるものはいつしか崩れ、命あるものはいつしか息絶える。
それが人なれば、血は肉は骨は焼かれ、小さな壷の中へその名残を残すばかり。

心臓の止まりゆく時刻と、その者の生死は同じではない。
存在の有無を決めるのは、その者自身ではなく、その者を思う者こそだから。


おじいちゃん(旦那)も90歳を過ぎているが、まだまだ元気で、訪れたひとたちを出迎えていた。
70年以上もそばにいた愛するひとを失った気持ち。
わたしには想像することすらできない。

帰り道、夜道を歩きながら、玄関先で頭を下げていたおじいちゃんの姿を思い返していた。
明日11時、おばあちゃんは灰になる。
せめて健やかな快晴を、と、星空を見て願う。

わたしには、中学生以前の写真がない。
家を出た母親が持っていってしまったのか、父か祖母が捨ててしまったのか、小さい頃の写真がないのだ。
だから、昔の自分の写真があるひとを羨ましく思う。
とくに、家族団らんの写真などを見せてもらうと、ほろ苦いような、なんともいえない気分になる。

高校のころからはだんだんと写真が増えていくのだが、その中に、家族といっしょに写ったものが一枚もない。
思い出はすべて、記憶のなかにだけだ。

妹がいつか結婚するとき。
そのときはきっと集合写真を撮るだろうから、それがわたし(たち)にとって初めて家族とともに写る写真となる。
だいぶ月日が経ってしまったが、それを最後の一枚ではなく、最初の一枚にしたいって思う。